時計をとても大切にされている方で、比較的金銭的に余裕のある方に多いのが、「短期間に何度もオーバーホール」を受けられる方。
信頼のある時計店で、勝手知ったるお店・技術者にオーバーホールをしてもらえば、開いていた誤差も詰めてもらえるなど、持っているアンティーク時計のちょっとした不便さが解消されます。
そのためお客様の中には、1年の間に何度もオーバーホールを受ける方がいらっしゃいます。
はたしてこれは良いことでしょうか?
確かにオーバーホールを行うことで時計自体の状態は良くなりますが、それはある面で正しく、ある面では間違っているといえます。
時計というものは、金属で作られているため、どうしても使用による摩耗や劣化があることは避けられないことです。
これはオーバーホールを行ってももとに戻すことはできず、作られた時の時計の状態を100とすれば、年月が経つごとに、使用するごとに100の状態からは下がっていきます。
例えばの数字になりますが、10年後に最高の状態が90の時計があるとします。
するとその時計は、どんなに良い調整をしたところで、90が最高の状態ですから、どれだけ手を加えても100の状態にはならないということになります。
90が最高の状態である時計が、メンテナンスがされていなかったりして、その状態が60まで下がっていたとすれば、オーバーホールで90の状態にもっていけるかもしれませんが、100の状態にはならないということです。
オーバーホールを受けて90の状態になっている時計が、半年の使用で87の状態になったからといって、その3だけを戻すためにオーバーホールをするのは良いことでしょうか?
回復する「3」の部分が、数十秒程度の誤差であったとして、その数十秒程度の誤差のために、頻繁にオーバーホールを受けるのは正しいことでしょうか?
実はオーバーホールには、非常に厳密にいえばという程度の小さなことですが、すべてが良いことばかりというわけではない面もあります。
時計をオーバーホールするということは、時計を分解して組み立て直すという作業が行われます。
この分解・組み立て直すという作業には、部品によっては取り外しまた取り付けるために、締めてあるものを広げ、広がったものを締め直すという作業も含まれます。
これがどういうことを意味するのかというと、金属の部品の締まっている状態のものを広げ、広がったものを締めるのですから、そこにはわずかながらも金属疲労が起こります。
わずかな金属疲労ではありますが、その部品には負荷をかけ、状態が良くなっているわけではありません。
例えば3年に一度のオーバーホールで100年持つ時計があったとして、その100年間の間に受けるオーバーホールは30回程度。
同じ時計でもオーバーホールを1年に3回も受けてしまうと、3分の1の30年で100年分の回数を受けてしまうことになります。
まったく根拠のないたとえ話の数字にはなりますが、1年に何度もオーバーホールを受けてしまうと、ほんとうにわずかな金属劣化であっても、それが繰り返し短い間に行われていくことになります。
アンティーク時計の場合は特にですが、しっかりとオーバーホールをされた時計であっても、少しの誤差などはでてしまうものです。
何度もオーバーホールを受けることで、時計の状態を良くしたいという気持ちはわかりますが、物事はなんでも適度に行うことがよいものです。やりすぎは却ってよくないこともあります。